社会性の人類学的探究 トランスカルチャー状況と寛容/不寛容の機序

床呂教授を代表とする研究課題「身体性を通じた社会的分断の超克と多様性の実現」(学術知共創プログラム)が採択されました。

床呂郁哉教授が代表を務める以下の研究プロジェクトが採択されました。

課題(研究プロジェクト)名:身体性を通じた社会的分断の超克と多様性の実現

事業名:課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業(学術知共創プログラム)

研究実施年度:20232028年度


研究の概要と目的

近年、グローバル化の進展に伴って、地域や国境を越える人やモノ、文化等の移動や交流が加速する一方で、そうした越境に伴う摩擦や衝突が顕著になりつつある。移民の増加等を背景とする外国人差別はその典型的な反応の一つである。他にも社会の複雑化に伴いジェンダー、エスニシティ、社会階層、障害の有無などを理由とする差別や社会的分断も以前にも増して顕在化している。また近年の新型コロナ・パンデミックは、欧米など各地で、アジア系住人に対するヘイトクライムを増加させるなど新たな差別や偏見の背景にもなっている。

こうした分断や差別に対する超克を目指す従来の先行研究においては、どちらかと言えば各国の政治・経済的構造や制度・政策等のマクロな領域を対象とする研究が進められてきた。一方、個々人がいかなる場面で分断や差別を経験し、またそれを助長する行動を取るのか、あるいは回避したりするのか等の、より具体的な日常生活に直結したミクロな視点からの検討も必要である。その際に、多様でありながらも全ての個人が共通にもつ「身体」が果たす役割(身体性)の問題は重要であるものの、軽視されがちな主題であった。しかし実際には、ローカルな身体経験を含む身体性の次元が、差別を筆頭とする社会的分断を考察する上でも極めて重要であることが、近年の先駆的研究の中で明らかになってきている。例えば認知科学の分野においては、人間の認知プロセスが単なる情報処理ではなく、環境と身体との相互作用の産物としてあるという「身体性認知」の立場が新たに注目されている。また、心理学や哲学の分野でも、潜在的バイアス研究や「人種の現象学」と呼ばれる研究の展開のなかで、肌の色をはじめとする相手の身体的属性に関する言語化以前の知覚や無意識的な身体的応答などが、人種差別において看過できない役割を果たしていることが指摘されつつある。同様に、LGBTQなど性的マイノリティや障害者への差別、さらにはいわゆるルッキズムをめぐる問題等でも、他者の顔身体の見え姿(appearance)をはじめとする身体性の次元が極めて重要である点は、改めて詳しく述べるまでもないだろう。また新型コロナ・パンデミック以降は、マスク着用の是非をはじめとして、まさに身体性をめぐる意見や価値観の相違が世界各地で新たな社会的分断の一因となっている。

本研究では、こうした状況に鑑み、明示的に自覚され言語化されたレベルはもちろん、必ずしも言語化されない暗黙知的な認知プロセスや身体的応答までを含む世界各地の多様な身体的実践の次元に焦点を当てながら人文社会系の諸分野を中心に学際的な研究を実施することを目的としている。ローカルな身体性が社会的領域において果たす役割は、相対的にトリビュアルな問題に過ぎない、という普遍主義的(実際には暗黙の裡に西洋中心的)な身体観も関係していると考えられる。本研究は、こうしたバイアスを積極的に問題化して乗り越えることで、社会的分断の克服に向けて身体性に焦点を当てたアプローチから取り組む学際研究の試みである。本研究を通じて、差別を含む社会的分断の超克と、真の多様性の実現に向けた学問的かつ実践的な視座を学際的な視点から提供することも大きな目的のひとつである。このために、本研究では、社会的分断や差別を超克していく視座を構築するための「哲学対話」であるとか、ダンス・演劇・ボディワーク等の身体的実践を含んだワークショップ等のアウトリーチ的活動とその手法構築などにも取り組んでいくことも予定している。なお本研究計画は東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)内に事務局を設置し、AA研基幹研究(人類学)「社会性の人類学的探求:トランスカルチャー状況と寛容/不寛容の機序」やAA研の海外拠点コタキナバル・リエゾンオフィス(KKLO)などとも密接に連携しながら活動を展開していく予定である。


研究内容・方法

本研究では、近代西欧に端を発する身体軽視のバイアスや普遍主義的な身体観を革新するために、各地の多様な身体性にも目配りした「身体に関する多様で変容的なパラダイム(diverse and transformative paradigm of body)」の構築を提唱していく。すなわち身体を研究するに当たって、それを普遍主義的かつ静態的(固定的)な旧来の身体観のバイアスから解き放って、身体を「多様性(diversity)」と「変容(transformation)」の相から総合的に検討していくことを試みる。

このため本研究では、大まかな研究のサブテーマと手法等の特色に応じて、研究分担者は以下の三つの研究クラスターのいずれかに所属するような構成をとる。すなわち「多様で変容的な身体性に関する実証研究」(クラスターA)、「身体性の基盤と社会的分断に関する学際的理論構築」(クラスターB)、「身体的実践を通じた分断超克の手法構築」(クラスターC)の3つである。このうちクラスターAは人類学や地域研究、フィールド実験心理学の研究者らを中心に、世界各地の多様な社会・文化的な文脈や状況に即した身体的実践の多様性に焦点を当てて、その実態を具体的・実証的に解明し、身体に関する多様で生成的なパラダイムの構築に向けた基礎作業を実施する。クラスターBでは心理学等の人文系の専門家に加え、更に運動科学や認知科学等の自然科学系にも跨る分野の研究者とも連携して、社会的分断とそのミクロな身体的基盤に関して学際的な理論構築を行っていく。またクラスターCでは、上記の作業を通じて構築される「身体に関する多様で生成的なパラダイム」の知見を踏まえて、哲学対話などをはじめとするワークショップ等のアウトリーチ的活動を通じて、社会的分断を超克していくための方法論の<共創>とその公開・発信を積極的に行っていく。


参加メンバー一覧

【研究代表者】
床呂郁哉 東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所・教授(文化人類学・東南アジア地域研究)
クラスターA「多様で変容的な身体性に関する実証研究」/研究総括

【研究分担者】
吉田ゆか子 東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所・准教授(文化人類学・芸能研究)
クラスターA「多様で変容的な身体性に関する実証研究」/障害をめぐる芸能やパフォーマンスに関する実地研究

高橋康介 立命館大学・総合心理学部・教授(認知心理学)
クラスターA「多様で変容的な身体性に関する実証研究」/各地の多様な身体的実践に関するフィールド実験に基づく研究

村津蘭 東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所・助教(映像人類学・アフリカ地域研究)
クラスターA「多様で変容的な身体性に関する実証研究」/障害者と「健常者」の共存など分断超克の実践に関する映像人類学的研究

山口真美 中央大学・文学部・教授(発達心理学・顔認知・知覚発達)
クラスターB「身体性の基盤と社会的分断に関する学際的理論構築」/研究統括・ポスト・コロナ社会における身体をめぐる分断 

工藤和俊 東京大学・大学院総合文化研究科・教授(身体運動科学・認知行動科学)
クラスターB「身体性の基盤と社会的分断に関する学際的理論構築」/身体的実践に関する運動科学と関連分野の協働研究 

渡邊克巳 早稲田大学・理工学術院・教授(認知科学・実験心理学・神経科学)
クラスターB「身体性の基盤と社会的分断に関する学際的理論構築」/分断の身体的基盤に関する潜在的過程を含む認知科学的解明

河野哲也 立教大学・文学部・教授(哲学・倫理学・教育哲学)
クラスターC「身体的実践を通じた分断超克の手法構築」/研究統括・分断超克のための理論的・実践的基盤の検討

田中みわ子 東日本国際大学・健康福祉学部・教授(芸術実践論・障害学)
クラスターC「身体的実践を通じた分断超克の手法構築」/芸術実践を通じた社会的分断の超克の方法論に関する研究

小手川正二郎 國學院大学文学部哲学科・准教授 (西洋近現代哲学・現象学)
クラスターC「身体的実践を通じた分断超克の手法構築」/「哲学対話」等を含む社会的分断超克のための方法論の検討と実践

(※以下、研究参画者に関しては特定のクラスターには帰属せず、本研究計画全体に関与する体制とする)
【研究参画者】
伊藤亜紗 東京工業大学科学技術創成研究院・未来の人類研究センター・センター長/リベラルアーツ研究教育院・教授(美学・障害者研究) 

ナジブ・ブルハニNajib Burhani) Institute of Social Sciences and Humanities, National Research and Innovation Agency (BRIN 国立研究革新庁、人文・社会科学研究所)・所長 (政治学・インドネシア地域研究)

ケイトリン・コーカー(Caitlin Coker) 北海道大学大学院・文学研究院・准教授(文化人類学・パフォーマンス研究・身体論)

広瀬浩二郎 国立民族学博物館・人類基礎理論研究部・教授(文化人類学・触文化論・障害に関する当事者研究)

関本幸 ミネソタ州立大学・コミュニケーション学部・教授(哲学・差別の現象学)

西井凉子 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授(文化人類学/東南アジア地域研究) 

鳴海拓志 東京大学大学院情報理工学系研究科・准教授(工学:バーチャルリアリティ(VR)、拡張現実感)

山本芳美 都留文科大学文学部比較文化学科・教授(文化人類学/イレズミ・タトゥーを中心とする身体加工研究) 

丹羽朋子 国際ファッション専門職大学・国際ファッション学部・講師(文化人類学/芸術・デザイン文化研究/NPOとの協働による映像・展示実践)

森田かずよ(本名:森田加津世)NPO法人「ピースポット・ワンフォー」・理事長(障害学、舞踊研究・ダンサー)

※この他にもイベント等に応じて、適宜協力者などが参加する可能性がある。


関連リンク

課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業(学術知共創プログラム);
https://www.jsps.go.jp/j-kadai/gakuzyututi/index.html

AA研基幹研究(人類学);
http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/projects/anthropology-core

KKLO(コタキナバル・リエゾンオフィス); 
https://meis2.aa-ken.jp/base_kotakinabalu.html