社会性の人類学的探究 トランスカルチャー状況と寛容/不寛容の機序

第1回基幹研究「人類学におけるミクロ‐マクロ系の連関」研究会

■プログラム


日時 : 2010年6月3日(木)14:00-18:00
場所 : 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)
     3階セミナー室(301号室)
    (〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1)

発表者と発表題目:
1)高知尾仁(AA研)
「コルプス/ソーマと政治神学」

2)河合香吏(AA研)
「集団から制度へ―人類社会進化の視座より」

主催 : AA研基幹研究「人類学におけるミクロ-マクロ系の連関」


■発表要旨

「コルプス/ソーマと政治神学」高知尾 仁(AA研)

フレイザーおよびリーンハートの、いわゆる王殺しについての言説が、カントロヴィチが分析したヨーロッパ中世の政治神学に関する言説近似することに着目し、その意味を古代末期・中世・ルネサンスの法学的・神学的・哲学的言説を通じて明らかにした。その際、コーポレイションという言説と法の内外という言説、さらに例外状況という言説との関連性を追求した。


「集団から制度へ----人類社会進化の視座より」河合 香吏(AA研)

  本発表では、2005年度に開始され、現在も継続中のAA研・共同研究プロジェクト「人類社会の進化史的基盤研究(1)および(2)」について、その概要を報告するとともに、成果の一部として(1)の成果論集所収のPan属2種の集団間関係に関する論攷を紹介した。このプロジェクトは長期的な展望に立って、テーマを変えながら、人類の社会と社会性がいかなる進化史的基盤をもっているのかを探ることを目的とする。第1弾(2005?2008年度)は、「集団」をテーマとし(以下、集団研)、第2弾(2009年度?)は「制度」をテーマとして(以下、制度研)、霊長類社会・生態学、生態人類学、社会・文化人類学の研究者を中心に、研究会活動を展開してきた。

人類社会の進化史的基盤研究(1):「集団」研究会
 本プロジェクトは、「人間はきわめて高度な社会性を有する動物である」ことから出発する。「高度な社会性」とは、最も直接的には「他者と同所的に存在する」、つまり「集団をなして生きる」能力としてあらわれる。そこで、本プロジェクトの第1弾では、集団がどのようなかたちと変異幅をもち、いかなる進化史的基盤のもとに現在の人類社会に定位しているかが問われた。集団研の成果は2009年末に『集団--人類社会の進化』(河合香吏編、京都大学学術出版会)として刊行された。

 この論集において多くの論文がとりあげた集団現象は、集団の構造的側面ではなく、「非構造」の集まりであった。例えば、ヒトの集団では、たわいのないおしゃべりが交わされる炉端での女性たちの集まりや、牧畜民が家畜に給水する井戸場での水くみの民族集団を越えた集まり、海賊や報復闘争集団といった、活動ないし行為中心的な集団が、非構造の集まり??社会哲学の今村仁司氏(亡くなる直前まで集団研のメンバーであった)の言い方を引けば、構造化ないし制度化された"society"に対して、社会的絆にもとづく"social"な集団(マイヤースやカーステンのいうrelatedness*)----として、とりあげられた。いずれも自律的な個体ないし個人、制度にがんじがらめに統制されるのではない個による、緩やかで、自由な集まり、一時的であるがゆえに、動的でダイナミックな集まりであるという共通点が指摘できる。

 次に上記集団研の成果論集のうち、黒田末壽によるPan属2種の社会と社会性を対比的にとりあげた「集団的興奮と原始的戦争--平等原則とは何ものか?」から、野生チンパンジーにおける「敵」の存在と集団維持の関係について紹介した。ここでは、紙幅の関係上、具体的な内容は成果論集を参照していただくこととし、詳細は省く。

人類社会の進化史的基盤研究(2):「制度」研究会
 集団研で議論されてきたことのひとつは、共に生きていくには努力や仕掛けが必要だということであった。これを受けて、現在2年目に入った制度研では、集団で暮らす者たちの「共存」のための原理として制度をとらえ直すことを第一の目的としている。加えて「制度は言語の上に成立する」という制度の言語起源論を相対化することを、もうひとつの目的としており、メンバーには、あらたに言語学プロパーが加わっている。

 集団研でも明らかにされてきたことだが、ヒトを含む霊長類の集団には平等原理、不平等原理など、集団を成立させている原理が存在する。逆に言えば、現実に同種個体が同所的に存在する、つまり集団をなして暮らしていること自体が、そこに共存のためのなんらかの原理が働いていることを示している。制度研では、そこに制度の起源、制度の萌芽的なありようをみようとしている。ここでは制度は実定法のように規制範囲が言語によって明確化され、それに反した者には懲罰が下されるというよりはむしろ、慣習とか規範に近いもの、すなわち、「集団の成員が、自己および他の成員が従うことを期待する事柄」と定義している。同時に、それは懲罰よりも根源的なもの、つまり、懲罰があるからヒトは制度に従うのだという考えを逆転させてみよう、という視点でもある。

 霊長類学と生態人類学、社会・文化人類学の共同研究会はつねに刺激的である。個別の文化や社会だけではなく、人類社会やその社会性なるものをわかろうとするならば、ヒト以外の存在にも深く立ち入るというかたちで「専門を横断して考える」ことは有効な態度であると思われる。
 
*Carsten, J.(ed.), 2000. Cultures of Relatedness: New Approaches to the Study of Kinship. Cambridge University Press.
 Myers,F.R.,1986. Pintupi County, Pintupi self. University of California Press